相談から1カ月で400万円の融資を獲得! / 輸入商社

イギリスからデモ機を購入する資金の調達が急ぎ必要…… 日本の大手自動車メーカー向けに、イギリスから輸入したGPSセンサーを販売するベンチャー企業・VBOX JAPAN株式会社。同社を立ち上げたばかりの若き社長・小林達矢さんから相談を受けました。以前勤務していた会社から急に独立することになり、最初は自分でいろいろと調べながら、会社設立。ただ、やはり、その後の経営体制の構築について、全般的に窓口ひとつで気軽に相談できるパートナーがほしいのだと。確かに、急に決まった独立・会社設立だったためか、全般的な会社経営の情報・ノウハウ(経営体制の構築・資金調達・経理税務・人事労務など)の提供と、実務への集中的な対応が早急に必要な状態でした。また、イギリスからデモ機を購入する資金の調達が急ぎ必要だったため、早急に借入を起こさなければなりません。 日々連絡を取り合いながら、完璧な事業計画を仕上げる 議事録や請求書・納品書・契約書・注文書など会社運営に必要な基本的書類の整備から、財務管理、税務会計、給与計算、従業員採用、人事労務管理など、体制づくりをバックアップ。同時に、一番重要な資金調達の検討を急ぎ進めていきました。条件に適した融資制度を調べ、融資実行までの期間が比較的短くて済む日本政策金融公庫の新創業融資制度での獲得を提案。それに向けて全力で支援すると同時に、お互いが協力し合って迅速に動くことを約束しました。融資要件や事業計画書作成についての基本からのアドバイス後、提供したフォーマットを元に、小林さんが事業計画書を作成。メール、電話、面談での質問回答&ヒアリングをしながら、繰り返し繰り返し、チェックと修正を重ねました。とにかく急いで融資申請をしたかったため、1日に何度もメールや携帯電話で連絡を取り合う日々が続きます。最終的に私が融資担当者目線でチェック。ポイントを押さえた良いものができたという確かな手応えを得ることができました。そして、融資申し込みに公庫へ。融資担当者との面談を経て、結果、何ひとつ問題なく満額融資の連絡が。ちょっと拍子抜けでしたが、充分な対策を練っていた成果だと思います。 日本政策金融公庫の新創業融資制度から、満額回答の400万円! 相談から1カ月で、日本政策金融公庫からの創業融資、満額回答の400万円を獲得。しかしまだまだ、これからが本番。業務に集中して頑張っていかなくてはならない時期です。新しいメンバーを5月より迎え入れ、展示会への出店も決まるなど、いよいよ本格的な営業活動がスタートしていきます。「V-Spritsの中野さんには、融資の相談だけではなく、会計・税務業務から会社運営の体制作りまで幅広くサポートしていただいています。会社経営の知識がまったくない私ですが、本業の営業・技術サポートに集中できるのは、中野さんのおかげだと感謝。実際に経理会計業務のほとんどは中野さんに丸投げです(笑)」とは小林さんの弁。これからも小林さんが本業に集中できるよう、全力でサポートしていきます。 この投稿にタグはありません。
Posted under 未分類 by DREAM GATE 事例集 - 独立・起業ならドリームゲート on 水曜日 19 5月 2010 at 12:00 AM

起業で重視するのは一次情報? 二次情報?

 起業で成功するためには、準備期間に働く仕事として、お客さんの顔が見える現場で働くのがよいと言う人がいます。また、現場よりも会社の中枢で、経営の仕組みとお金の流れが判る部署がよいと言う人もいます。以前は、圧倒的に中枢で仕事をするのがよいとされてきました。ただ最近は、現場の底力が見直され、現場からの起業家が増えています。       今日も読んで戴きましてありがとうございます。元気・・・ この投稿にタグはありません。
Posted under 未分類 by osa-kigyou on 火曜日 18 5月 2010 at 9:08 PM

リサイクル品に履歴を入れて販売する発想

 商品には、ストーリー性を付けることによって多くのファンを引き付けることができる。ついては、商品の売れ行きも高まるとされたのは2000年代初めのことでした。多分にマネジメントスクールの授業で、ビジネスモデルの一つとして取り上げそうなテーマでした。この商品のストーリー性を、正面からビジネスに活用しているのがリサイクル店「パス ザ バトン」です。          今日も読んで戴きましてありがと・・・ この投稿にタグはありません。
Posted under 未分類 by osa-kigyou on 月曜日 17 5月 2010 at 9:25 PM

起業と同時に海外展開は早すぎる?

  楽天は、社内での公用語を日本語から英語に切り替えています。現在、経営会議は英語で行っていて、一般の社内業務向け会議も英語に移している段階のようです。楽天の1~3月期の業績は、売上高が前年比で19%増の791億円、営業利益も32%増の129億円と好調です。ただ、楽天市場に関しては、国内市場だけをターゲットにしていては、間もなく頭打ちになることを意識しての行動のようです。    今日・・・ この投稿にタグはありません。
Posted under 未分類 by osa-kigyou on 日曜日 16 5月 2010 at 8:06 PM

スカイツリーに関連した起業は今がチャンス

 人は、想像を超える大きなモノが好きです。富士山には、毎年多くの人が登ります。日本一の高層ビル、地上70階の横浜ランドタワービルにも、多くの人が集まります。そして現在、日本一の高い電波塔となる634mの東京スカイツリーが建設中です。今も昔も新しい名所が生まれますと、街は一変します。スカイツリー周辺には、起業や新規事業を目指す人が集まっているようです。         今日も読んで戴きましてあ・・・ タグ: 事業
Posted under 未分類 by osa-kigyou on 土曜日 15 5月 2010 at 9:27 PM

この殺伐とした時代に花を売ることで脚光を

 仕事で、週に1、2度は都心に出かけます。その度に思うのですが、街を歩く人の多くがイライラした表情をしていることです。イライラしますと、どうしても視野が狭くなります。そのため、無用に人と鉢合わせすることが多くなります。そんなことが原因でトラブルになるのですが、少し背筋を伸ばして視野を広げてみてはいかがでしょうか。          今日も読んで戴きましてありがとうございます。元気にお過ご・・・ この投稿にタグはありません。
Posted under 未分類 by osa-kigyou on 金曜日 14 5月 2010 at 9:28 PM

上場することにより、事業の信頼アップを図る狙い

 株式上場の性格も大きく変わってきて、以前のような上場企業の神通力はあまりなくなりました。長い視点で企業経営を考えている人の中には、上場はメリットよりもデメリットの方が大きいと言い切る人がいるほどです。上場を武器としてきた優秀な人材集めも、現状ではあまり苦労していません。ただ、事業資金を作りには、上場している方が有利のようです。       今日も読んで戴きましてありがとうござ・・・ この投稿にタグはありません。
Posted under 未分類 by osa-kigyou on 木曜日 13 5月 2010 at 9:43 PM

第109回 株式会社アップガレージ 石田 誠 2

◆トップ|2|3|次へ 中古車販売ビジネスを通じてチャンスを見出す。日本最大級の中古カー&バイク用品チェーンへ  中古タイヤ・ホイール・カーナビゲーションなどの中古カー用品・中古バイク用品を販売&高価買取! 1999年に産声を上げた株式会社アップガレージは、今や日本最大級の中古カー&バイク用品チェーンに成長。「カー用品・バイク用品をもっと身近に、もっと親しみやすく」「ユーザーにとって欠けがいのない店へ」。そんなミッションを掲げ、今、同社は全国300店舗の出店を急いでいる。大学時代に始めた中古車販売ビジネスからスピンアウトするかたちで同社を起業した代表取締役社長の石田誠氏は言う。「エコ、環境問題を前提にしてビジネスをしているという気持ちは、まったくないですね。それよりも、クルマやバイクが大好きなお客さまが必要なものをなんとか安く届けたい。『アップガレージがあって良かった』と喜んでいただけるお客さまをひとりでも増やすこと。それがすべてなんです」。今回は、そんな石田氏に、青春時代からこれまでに至る経緯、大切にしている考え方、そしてプライベートまで大いに語っていただいた。 <石田 誠をつ くったルーツ1>スポーツも勉強もそこそこの目立ちたがり屋。この頃が一番バランスの取れた時代だった?  神奈川県で生まれました。生まれたのは茅ヶ崎市ですが、すぐ川崎市に移ってきましたので、育ったのは川崎です。兄弟は5つ上の兄貴がいます。その当時、親父はクルマ関係の会社に勤めるサラリーマンでした。お袋の実家が銭湯をやっていまして、川崎大師近くにある大衆浴場ですね。だから、基本的には商売の家に育ったと。僕が小学校1年生の時に、親父は何を思ったか、いきなり寿司屋を始めるんです。職人さんを探して、人を雇って、最終的には見よう見まねでやっていましたね。もともと自分でビジネスをやりたかったみたいですよ。それで同じ川崎市内に引っ越して、店を開いた。まあ、新しもの好きでしたし、計画性もなくまずはとにかく始めて、走りながら考えるという。僕もそんな親父のDNAを引き継いでいる気がしています。  僕は、小さい頃は割と大人しい、引っ込み思案な子だったんですよ、実は(笑)。兄貴と年が5つ離れていたものですから、彼は僕にとってかなりのお兄さんでしょう。また、親父の商売をお袋が手伝って、かなり忙しくしていましたから、けっこう何でも自分でやらなきゃいけない状況に勝手になっていまして。そういう意味では、この自立心は、その頃育まれたのかな?と今になって思っています。でも、小学校の高学年くらいから、特に何かきっかけがあったわけではないですけど、けっこうアクティブになってきましてね。お山の大将的な性格、今の僕の原型がかたちになり始めたのもこの頃。目立ちたがり屋だったり、お調子者だったりする面が出てきたのが、この高学年くらいですかね。  野球をやっていました。リトルリーグとか、本格的なものではないですけど、チームに入って。あと、うちの母親が教育熱心で、教育ママの走りみたいな感じでして。うちの兄貴も中学受験をしまして、僕も中学受験をしたんですけど、4年生ぐらいから塾に行ったり、家庭教師を雇ってもらったりして、受験勉強をしていました。野球をやりつつ、リーダーシップも発揮しつつ、勉強もそこそこ。そうですね。小学生時代が、一番バランスが良かったかもしれないですね(笑)。ただ、兄貴にはコンプレックスがありました。結果的に兄貴に比べると、偏差値的にちょっと低い中学しか受からなかったですし。お袋は、ズバリ比較していましたから。「お兄ちゃんはできるのに……」みたいな(笑)。今では子育てで言っちゃいけない禁句みたいですけど。お袋はそういう感じ。逆に親父は何も言わない。でも、今思うと兄貴コンプレックスは高校生ぐらいまで続いてたかな。 <石田 誠をつくったルーツ2>映画と芝居と読書に明け暮れた青春時代。当時、将来の夢は脚本家か演出家だった  バリバリの進学校ではないんですけど、男子校の中高一貫校に進みました。部活ですか?野球部には入りませんでした。趣味でテニスをちょっと始めた程度。スポーツ系から一転、僕は、文学少年になっていくんですよ。本を読むのが好きだったこともあるんですけど。  中学に進んでから、かなり読書量が増えて。映画とか芝居とかやりたいなあと。そういう方向に進みたいなと漠然と思うようになって。俳優ではなく、どちらかというと、裏方のほうですね。脚本とか演出ですとか。一番影響を受けたのは、遠藤周作さんですかね。まあノリで結構いっちゃうほうなんで。徐々に芝居を見に行くようになって。1975年ごろ、ちょうど、つかこうへいさんがブレイクし始めた頃でした。高校生の頃は、本当に足しげく通いました。「熱海殺人事件」や「ストリッパー物語」とか。風間杜夫さん、平田満さんがメインを張っていて。特に高校生は観劇料が安かったんですよ。一般の半額くらいでしたか。もちろん映画もたくさん観ました。  高校の時に、自分たちで映画製作研究会をつくったんですね。『ぴあ』が、自主制作の映画を支援する「ぴあフィルムフェスティバル(PFF)」を始めていて。そこから映像の世界に進む人が出たりして。もちろん僕なんかはぜんぜんダメだったんですけど。いっぱしの映画人気取りみたいな感じで活動していました。学園祭に合わせて、卒業までに2本くらい映画つくりました。みんなで脚本つくったり、出演したり、ロケに行ったりしながら。僕らは男子校なもんで、女優は現地調達したり、今思うとナンパ目的みたいな気もしますけど、御茶の水女子の女生徒に協力してもらったりとかですね。この頃は、日芸とか、三田文学に憧れていましたから、慶應の文学部に行きたいなと思ったりもしたんですけど、結果的に1浪して早稲田の文学部に進学しています。  文学少年だったので、読書三昧だったりとか、お金にもならない文学の研究とかですね、およそ実社会と縁遠いような、大学ではそんな生活をしてみたいと考えていたんです。と同時に、起業家チックな親の姿を見ていて、まったく間逆なんですけど何かビジネスをやりたいという気持ちもあった。大学に進んですぐ『ぴあ』のアルバイト試験を受けて、当時って手書きで版下をつくる時代でしたから、そんな編集アシスタントを1年間続けています。大学に入学したのは、闘争の70年代の雰囲気が終わって、ワンダーランド化し始めた80年代でした。ほぼ大学には、行かなかったですね。今も鮮明に覚えているんですけど、大学の語学の担任が開口一番、僕にこう言ったんです。「大学の授業は重要だが、もっと君たちに重要だと思うことがあったら授業は休んでもらって結構です」と。か、かっこいいと。それを真に受けて、本当にほとんど行かなくなりました(笑)。 ◆トップ|2|3|次へ この投稿にタグはありません。
Posted under 未分類 by DREAM GATE 事例集 - 独立・起業ならドリームゲート on 木曜日 13 5月 2010 at 12:00 AM

第109回 株式会社アップガレージ 石田 誠 3

◆トップ|2|3 <大学時代に事業に参加>父と兄が始めた中古車販売ビジネスに参加。遅れた業界を一新すればチャンスあり!  あと、非常にナンパなサークルをやっていました。僕らの時代は、夏はテニス、冬はスキーっていうのが典型だったんですけど。元からある組織に入るのがいやだったので、自分でつくろうってことで。それはずっと続けていました。人の言うこと聞くのが嫌いなんですよ。思いっきり背伸びしていましたから。ハスに構えて。すごくいやな奴だったと思います。『ぴあ』のバイトは、インタビュー記事のミスが原因で辞めた。「シンガーソングライター」を「シンガーソングライダー」って誤表記してしまって。「仮面ライダーか!」みたいなこと言われて、頭にきまして。あと、面白かったのは自分で企画した学園祭のイベントの「ミス人妻コンテスト」(笑)。早稲田祭に人妻呼んで、誰が一番色っぽいかっていうのを競うわけです。それで面白いことやっているやつがいると評判になって、その後、早稲田の「万歳同盟」っていうのがあるんですけど、そこを出た有名な放送作家から声をかけられて、テレビやラジオの脚本つくるアシスタントを始めた。1年くらい続けましたね。  1983年の2月に、兄貴が親父とふたりで中古車屋を始めるって言い出しまして。ふたりともクルマ好きでしたから。飲食からいきなりの方向転換ですし、面食らったんですけど。「どうぞおやりください」と。最初は、僕には僕の道があるんで、という感じだったんですけど。始めたその年の6月に、親父が亡くなっちゃうんです。前から具合悪かったんですけどね。それで結果的に僕も手伝わざるを得ない状況になった。放送作家のアシスタントをやっていた時です。それからはずっと、クルマ業界にいると。社名はオートフリーク、国産の中古車販売です。完全に街中にある中古車屋さんって感じでスタートしてますね。そんな話をすると僕が犠牲になっちゃったっぽくみえるんですけど、実際にかかわってみるとすごく面白かった。一番驚いたのは、中古車業界がすごく遅れていた業界だったことですね。  規模の小さな、パパママストアみたいな店舗が多いんですね。また、消費者に対して、グレーな販売をしていた。事故歴を隠して売っていたり、あと走行距離の巻き戻しをしていたりとか。当時は、けっこうダーティーなことが平気で行われていたので、きちっとディスクローズすれば他店との差別化が図れて、けっこうイケるんじゃないかと。僕自身もメラメラと意欲がわいてきた。もともとクルマに興味もありましたし、挑戦しがいのある業界だと思って。中古車のオークションがあるんですよ。会場はすごくスリリングな雰囲気。23歳の小僧が、300万だ500万ってセリに参加するのは、かなりエキサイティングでしたね。プラザ合意前でバブル景気に突入する寸前。今思うと、誰が何やってもうまくいく時代だったんですけど、「けっこう俺たちイケてるなあ」って勘違いするくらい、売れに売れました。そうやってクルマビジネスにのめりこんでいくわけです。変わり身の速さと、のめりこむ早さは人一倍。文学青年だったのに(笑)。 <バブル景気に乗じて大儲け>中古車販売ビジネスにかげりが見え始めた頃、中古カー用品という新たな商材の可能性に着眼  兄貴が事実上社長でしたが、彼はクルマをいじったりとか接客をしたりするのが好きで、僕はやんちゃなところがあって、企画や計画の仕事を引き受けたり、広告戦略をやったり、そういう舵取りを引き受けていました。あとは管理部門などのバックアップ系の仕事も。今考えると、そうとうお粗末な状態でしたけど。10年ぐらいは右肩上がりで事業も拡大していって。80年後半はバブルのピークでしたから、高額の車両ががんがん売れていったりしましたし、途中から一部新車の販売をしたりとか、あとは輸入車のディーラー業も手がけて。店舗は7店舗まで増やして、従業員が約30人、年商が約60億円。何とかうまく経営が回っていて、怖いのは税務署くらいでした。ただ、1995年くらいから、だんだんと景気が怪しくなって、徐々に当社の売り上げにもかげりが見え始めます。  いくつか理由はあるんですけど、ひとつはトヨタさんや日産さんなどのメーカーが、中古車販売に本腰を入れ始めたこと。景気の悪化とともに、中古車がけっこう儲かるって話が広がっていって、ファーストエントリーで自社ブランドの中古車を買ってもらい、そのあと新車に乗り換えてもらうというストーリーをメーカーさんが描き始めたんです。これが本格化すると、太刀打ちできないと正直思っていました。それと、97年の山一證券の倒産で、銀行さんのスタンスがガラリと変わった。世の中がいっきにきな臭くなってきて、新業態をつくらないと厳しいと思い始めたんです。でも、まったくクルマと関係のないビジネスはリスキー。クルマにまつわる業態で、新業態をと。それでふと気づいたのが、中古カー用品の存在でした。廃車になるクルマの部品を取り外したりして、中古車を買ってくれたお客さまにサービスで付けてあげてたんです。その後、余った中古カー用品を小さなスペースに並べていたら、これ目当てで来店されるお客さまが増えてきた。  「中古カー用品ってけっこう盛り上がってるんだな」と。それまでは、1台300万円とか、500万円の商売をやっていたので、中古カー用品なんて僕たち見向きもしなかったんですよ。だけど、ほぼ原価ゼロの商材が1000円や2000円で売れていく。さらに、お客さまが非常に喜んでくれる。買っていただいた方が喜んでくれるっていうのは、やはり商売人冥利に尽きるわけです。これはビジネスになるんじゃないかと。1998年当時、今もお付き合いのあるコンサルティング会社の自動車専門の方に、「中古カー用品の販売で新業態を立ち上げようと思っている。どうでしょう?」と相談してみました。すると「これは面白そうですよ」と。当時で、新品のカー用品市場が2兆円。で、中古のカー用品が、約200億円。でも、プレイヤーがいない状態なので、潜在的には、2兆円の10%、2000億円くらいありそうだと。そして、1998年9月、オートフリークの町田店に場所を確保して、単体のビジネスとしてトライしてみた。初日から、ものすごい反響でしたよ。 ●次週、「計画どおり5年後に上場! クルマ、バイクを愛するユーザーの欠けがいのない店に!」の後編へ続く→ ◆トップ|2|3 この投稿にタグはありません。
Posted under 未分類 by DREAM GATE 事例集 - 独立・起業ならドリームゲート on 木曜日 13 5月 2010 at 12:00 AM

第109回 株式会社アップガレージ 石田 誠

第109回株式会社アップガレージ 代表取締役社長石田 誠 Makoto Ishida 1960年、神奈川県生まれ。早稲田大学文学部に進学。大学在学中の1983年に、父と兄が始めた中古車販売ビジネス「オートフリーク」に参加。そのまま事業にのめり込み、大学は7年かけて卒業。同事業を年商60億円のビジネスに育て上げる。1999年、オートフリークからスピンアウトさせるかたちで、中古カー用品販売部門を独立。株式会社アップガレージを設立し、代表取締役社長に就任。立ち上げ当時から、フランチャイズシステムを取り入れた多店舗展開を計画し、年商2億円の時代に、1億円のシステム開発、運営マニュアル制作を実行。設立総会でメンバーに宣言した、5年後の上場もスムーズに実現。2004年に東証マザーズに上場している。その後、順調に店舗数を拡大し、直営店20店、フランチャイズ74店の計94店舗を運営中。現在、「アップガレージ」「アップガレージライダース」「アップガレージホイールズ」の3業態で、300店舗の出店を目指している。 ■インタビュー 記事を読む ライフスタイル 好きな食べ物 牛丼とシウマイ弁当。好きな食べ物はふたつ。吉野家の牛丼と、崎陽軒のシウマイ弁当です。受け狙いではなくて、最後の晩餐はどっちにしようかいつも悩むほど。ちなみに、シウマイ弁当は温めてはダメ。崎陽軒の創始者が、冷めてもおいしい駅弁をつくろうという志でつくったので。お酒は飲みません。でも、飲み屋はしょっちゅう行きます。オールも大丈夫です(笑)。 趣味 新規出店です。表向きには、テニス、芝居鑑賞、読書とか言っていますが、今一番の趣味は、アップガレージの新規出店ですね。300店が今のところの出店目標なので、あと200くらいやらないと。僕のモチベーションの源泉です。クルマですか? この間、久しぶりに富士スピードウェイの本コースを走ってきました。けっこうテンション高くなって、頑張りました。 行ってみたい場所 北朝鮮をこの目で見たい。北朝鮮、行ってみたいです。いろいろ言われているけど、ホントにそうなのかなって。日本のマスコミいい加減じゃないですか。あまり行った人いないし、自慢げに語れそう。飲み屋のお姉ちゃんにも受けがいいんじゃないかと(笑)。そういうよこしまな理由からも。あと国内でいえば、吉野の桜でしょうか。まだ見たことがないので。最近感動したこと メンバーの成長です。 店長の上にいるマネージャーが、メンバーを叱ったりとか、ほめたりしてる場面に出くわした時に、僕とほぼ同じ思いでやっているのを見たこと。すごいなこいつらって。そうだよね、ここは怒るところだよねって。以前は、結構はずれてたんですけど。ここ3年くらい、価値基準の共有化がテーマでしたから。すごく嬉しかったです。 石田社長があなたの質問に答えます!! 質問のご応募はマイページから。→ログインはこちら ※お客様の個人情報が取材先および弊社Web上に公開されることは一切ございません。※お寄せいただいた質問の掲載結果につきまして は、個別のお知らせは行っておりません。予めご了承いただきますようお願い申し上げます。 この投稿にタグはありません。
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